カラカルパクスタン共和国ってどこやねん

どうも、ウズベキスタンもだいぶ西に移動してきました

今日やっと、アラル海への起点となる町

カラカルパクスタン共和国の首都ヌクスに到着です


そうそう、今回日程に余裕が出てきたので

ちょっくら20世紀最大の環境破壊と言われる

アラル海まで行ってみようかと思っているのです


・・・そこじゃないって?

そうすよね、そもそもカラカルパクスタン共和国ってどこやねん!って話ですよね(笑)


実際僕も最近まで知りませんでした(笑)

前回居たヒヴァの街でヌクスってカラカルパクスタン共和国だよって言われて

???ってなったくらいだし


全く何もわからなかったので僕のお師匠さんに

聞いたらわかりやすく説明してくれました


それをちょっと端折って書いておくと


カラカルパクスタン共和国

ウズベキスタンの国土の1/3を占める国連未承認国家

でも、ちゃんと独自の憲法を持っていて

カラカルパク語とウズベク語が国家語

民族の成り立ちから違うためカラカルパク人っていうんも存在している

首都はヌクス、まぁウズベキスタンに地方都市って感じの町

憲法を持っているとは書いたけど、それの憲法が

ウズベク憲法の枠を超えることは不可能

未承認国家であるのでもちろん、外交権も軍事力も有していない

「カラカルパクスタン」とは「黒い帽子を被る民族の国」の意味


そもそも、こんなんができたのもソ連時代の中央アジアの区画整理のため

それまで、中央アジアは国という意識より部族回帰の意識が強かったため

国境線ってのがあいまいだったらしい


そんな中、ソ連は区画整理と称して民族としてウズベク人、カザフ人とか

民族を分けたり、勝手に国境線を決めたりした


現代において、国、民族という意識は大前提にあるから

ソ連のお陰で近代国家の土台を整えることができた中央アジアだけど

その無理な整理のため、たとえばキルギスのオシュという町では

キルギス人の人口よりもウズベク人の人口の方が多くなっているという弊害も

出てきている


中央アジアの歴史はなかなか波乱万丈みたいだ


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首都ヌクス

今回の宿はジペク・ジョリ

初め40ドルの部屋しかないと言われたけど


粘って粘って15ドルでOKでた

エアコン付きで最高!!


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街並みは見事に旧ソ連的な建物が立ち並ぶ


市内で見るものは民族博物館くらい

ホントに何もない街


DSCF1638

ただ郊外に出ればカラと呼ばれる遺跡が点在ししている

ただ、全く整備されていないので

タクシーをチャーターしないと行くこと不可


このカラを見に行くこと

日本ではカラまわりなんて呼んでるらしい

僕は行ってないけど


↑はヌクスに向かう途中の幹線道路から見えたカラ


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することがないので、2時間かけてゆっくりビールをあける

でも、この時間が至福(笑)


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綺麗な夕日が拝めた


いつの間にか夕日の写真が30枚位撮ってった(笑)

見るものもないし

宿の近くに飯屋もないし

ホントにすることがない


でも、こういう時間も大切なんだなって思った

人もいないし、ホントにゆっくりできた


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スゲー色


綺麗はロシア語でクラッシッヴィーって言う

ハラショー(すごい、いいね)とクラッシッヴィー(きれい)

だけ喋れれば中央アジアは余裕で観光できる


いよいよ明日はアラル海


夕日を見ながら遠くの日本に思いを馳せる


僕のお師匠さん : Google先生


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